2012年05月24日
「出征の日に従弟が教えてくれたこと」~致知~
『致知』2009年5月号 巻頭の言葉より
松原泰道(「南無の会」元会長)
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101歳の天寿を全うするまで
仏の道を説き続けた禅の名僧、
松原泰道氏のお話をご紹介します。
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私の従弟は、縁あって私の寺で出家をし、
弟弟子になりました。
ところが、彼は私もお世話になった
岐阜の瑞龍寺で修行中に、陸軍の召集令状を
受け取ったのです。
昭和19年秋、名古屋の師団から訪れた
従弟の出で立ちを一目見て、
私は彼がこれから出征することを悟りました。
果たして従弟が口にしたのは別れの挨拶でした。
「長い間お世話になりました。
これでお別れでございます。
どうか兄さん、お体を大事にしてください」
上京の途中で空襲がひどく、到着するまで
時間を費やしてしまったので、
すぐに帰隊しなければならないというのです。
それではあまりにも寂しい別れです。
たまたま彼がお茶好きだったことを思い出し、
「急いでもらい合わせの精茶の玉露を淹(い)れるから、
詰めていきなさい」
と、彼の水筒を引きよせようとしましたが、彼は
「結構です」
と言う。私は寂しくなり、
「兄弟がこれで別れるという時に、
遠慮なんかするものじゃない。
水筒を出しなさい」
と命じると、
「兄さん、自分は衛生兵です。
衛生兵の持つ水筒は、私用に飲むためではありません。
怪我や病気をした戦友のために預かっているのです。
傷病兵には冷たい水や濃い緑茶の類いは毒です。
いただけるのでしたら台所に残っている番茶を
お願いします」
と。それが今生の別れとなりました。
彼が出征したサイパンは、9月18日に玉砕したのです。
たとえ自分の持ち物でも、
自分のしあわせのためだけに使うのではなく、
人様と分かち合う。
そうしたたしなみが、かつての日本には
軍隊にまで浸透していました。
私たちも、こうした相手を思いやる気持ちを
持ちたいものです。
これは人にお茶を勧める時も同様です。
ただ形式的にするのではなく、
相手のしあわせを念じてお勧めしてこそ
意味があるのです。
Posted by 木鶏 at 21:00│Comments(0)
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