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2013年01月31日

「早穂理、絶対に生き抜こうね。」(中篇)


(前篇)からのつづき

塩沢みどり(「水輪」オーナー)
『致知』1997年8月号 特集「至誠 ~命を慈しむ~」
────────────────────────────────────

「人間だから仕方がないさ」
 とは言って入られません。
  一つの甘えもミスも許されない。
 娘に関する限り、私が百暫完壁でなければ、
 娘の生を絶ってしまうことになるのです。
 脳の損傷からくるけいれん発作や呼吸困難などが
 いつ起こるかもしれず、少しの油断も許されません。

 心では「どんなことがあっても娘と生き抜くぞ」
 と決心していても、私は難病の子供を抱えた
 母親であると同時に、人間であり、女です。
 たまにはゆっくりと眠りたいし、温泉にもつかってみたい。
 きれいな洋服だって買いに行きたいよ。
 悲しいかな、ふと、そう思ってしまうことがあります。
 思ってしまってから、あわてて打ち消すのですが、
 ほんの一瞬といえども、娘に対して張り巡らしている
 アンテナを曇らせる瞬間です。
 すると不思議なことに、娘の容態が悪くなるのです。
 昨年の8月末もそうでした。

 少し体調を崩し、
 風邪だろうと思っていましたが、
 日がたつにつれて呼吸がゼーゼーいうようになり、
「何か変だ」と思ったときには呼吸困難に陥っていました。
 救急車で長野の日赤病院に入院させましたが、
 肺炎を起こしており、
 すでに左の肺が真っ臼になっていました。
 入院後しばらくすると、熱が41度近くまで上がり、
 脈拍も225という、
 とても考えられない状態になりました。
 私はほとんど不眠不休で、
「頑張れ、頑張れ」と祈りながら
 娘の手を握り続けていました。
 このときの頑張ってほしいという気持ちは、
 掛け値なしに純粋な気持ちだったと思います。
 ふだんの娘なら手を握られるのを嫌がって
 振り切ろうとするのですが、
 このときはしっかりと握り返してきました。
 私の純粋な気持ちが通じたのだと思いました。

 もう一方では、
 そろそろ楽にさせてやりたいと思う親がいても、
 それも親としての純粋な気持ちではないか、
 と言われる方もあるでしょう。
 もちろん親の気持ちとしてわからないわけではありません。
 私も、身体中にチューブを刺され、
 暴れてそれを外してしまわないように
 両手両足を縛られた娘を見たときは、
 21年間も苦しんできて、なおそのうえにと、
 なんとも言えない気持ちになって、

「早穂理、いままでよく頑張ったね。
 もう楽になってもいいよ」
 と、思わず声をかけそうになりました。
 しかし娘の身体を見ると、彼女が生きよう、生きよう、
 としていることがわかったのです。
 まだ21歳という若い身体は、
 昨日吹き出た膿があっても、
 今日はそれを癒そうとしているではありませんか。
 それを見て、私はきっぱりと心を決めました。

  (後篇)につづく
  


2013年01月31日

【笑顔】


花を見て怒る人がいないように
笑顔を見て怒る人もいません。
「笑う門には福来る」といわれるように
笑顔は人と人との心の潤滑油みたいなものです。
苦しいことがあっても笑顔を絶やさないでいると
自分の周りの人の心も潤い
自然と自分の心も潤ってくるでしょう。

  『塩沼亮潤大阿闍梨』
  
タグ :ちち名言


Posted by 木鶏 at 12:28Comments(0)名言・金言・格言

2013年01月30日

「早穂理、絶対に生き抜こうね。」(前篇)


塩沢みどり(「水輪」オーナー)
『致知』1997年8月号 特集「至誠 ~命を慈しむ~」
────────────────────────────────────

 生まれつき重度の脳障害に
 冒された娘を持つ1人の母親がいる。
 そこには精神的にも肉体的にも、
 極限を超えてしまった日常がある。
 余人には窺い知れないが、それに耐えることも、
 わが子なら当たり前といえるかもしれない。
 しかし塩沢さんの場合は、
 わが子に対する個の愛情にはとどまらなかった。
 娘との交流を通じて宇宙の根源を知り、
 他者の幸せも願うようになっていく感動の実話。

* * * * * * * * * * * * * 

 22年前の昭和50年4月3日、
 娘は前頭葉脳損傷、
 最重度の障害者という宿命を背負って生まれてきました。
 産まれたとき、
 娘は泣き声一つ立てませんでした。
 初めての出産でしたから、
 どういう兆候が安心なのか心配なのか、
 私には何もわかりませんでしたが、
 看護婦さんは私を安心させようとして、
 盛んに「大丈夫ですよ」と言ってくれました。
 しかしお乳の吸いつきも悪く、
 それも私にはいいことなのかどうかわかりませんでしたが、
 私なりに覚悟のようなものが
  備わっていたのかもしれません。

  検査の結果は、分娩時の酸素欠乏による頭蓋内出血。
「お嬢さんは最重度の障害で、
 辛うじてハイハイができる程度でしょう。
 歩くことも、自分で食べることも、
 話すこともできないでしょう」
 ということでした。
 親にとっては絶望的な宣告であるはずでした。
 しかし検査の結果を聞かされたとき、
 私は取り乱しもしなかったし、
 泣き叫びたいというような激しい衝動も感じませんでした。
 自分でも不思議なほど冷静で、
「来るべきものが来たな」
 という気持ちでその宣告を受け止めていました。

 ただしこのときを境に、
 すべてが変わってしまったことは確かです。
 それも一気に変わりました。
 いくつになっても話すこと、
 歩くことはおろか、
 自力で食事もできず、
 排泄もできません。
 体力的にも精神的にも限界を感じ、
 施設に預けることも考えないではありませんでしたが、
 結局は右往左往しながらも、
 夫婦二人の手元で育てることを選びました。

 そんな子供を抱えた毎日は、
 悲しんだり、
 泣いたりという次元を突き抜けてしまったものでした。
 自ら選んだ道とはいえ、
 そのための代償は数限りなく
 払い続けなければなりませんでした。

 娘は自分で物を噛むことができません。
 普通はミキサーで食べ物をすり潰し、
 チューブで食べさせますが、
 私は娘に残されている味覚だけは
 満足させてやりたいと思って、
 自分の口の中で細かく噛んでから
 与えるようにしていました。
 しかし毎旦二度三度のことが
 私をだんだん苛立たせるようになってきました。
 自分が食べるわけではないといっても、
 食べたくないときに口に物を入れるのは大変な苦痛です。
 しかもこちらは眠くてたまらないような
 夜中であればなおさらです。

 思わず、
「早く食べなさいッ!」
 と、娘の口に邪険にスプーンを
 ねじ込んでしまったこともありました。
 やってしまってから、
 私はものすごい後悔の念に襲われました。
 手足が不自由でも口の利ける子供なら、
 何か言い返すかもしれません。
 言い返してくれれば、
 それだけでも救われた気持ちになります。
 しかし娘には言い返すこともできませんし、
 怒って私を叩くこともできないのです。
 まったく抵抗もできない子供に、
 なんという鬼のようなことをしたのだろうと、
 私は自分自身にぞっとする思いでした。


(中篇)につづく
  
タグ :致知親子


2013年01月30日

【道】


一里を歩んで佇む人がいる
一里を歩んで力をつける人がいる
二里を歩んで休む人がいる
二里を歩んで汗の充実に感動する人がいる
三里に向かって足の動かない人がいる
三里に向かって燃え出そうとする人がいる
つづけることは
常に第一歩から始める
若々しい勇気と希望を
持つことである
つづけてこそ道なのである

石川 洋(托鉢者)
  
タグ :致知名言


Posted by 木鶏 at 12:28Comments(2)名言・金言・格言

2013年01月29日

「あずさからのメッセージ」(完結編)


1/18の「あずさからのメッセージ」(後篇)からのつづき

是松いづみ(福岡市立百道浜小学校特別支援学級教諭)
『致知』2013年2月号「致知随想」より
────────────────────────────────────

 その日の晩、ご家族の方から学校へ電話がありました。
「“お母さん、なんでこの子を産んだの?”
 と私はいつも責められてばかりでした。
 でもきょう、“梓ちゃんの授業を聞いて気持ちが変わったけん、
 ちょっとは優しくできるかもしれんよ”と、
 あの子が言ってくれたんです……」
 涙ながらに話してくださるお母さんの声を聞きながら、
 私も思わず胸がいっぱいになりました。
 

 授業の最後に、私は決まって次の自作の詩を朗読します。

「あなたの息子は
 あなたの娘は、
 あなたの子どもになりたくて生まれてきました。
 生意気な僕を
 しっかり叱ってくれるから
 無視した私を
 諭してくれるから
 泣いている僕を
 じっと待っていてくれるから
 怒っている私の話を
 最後まで聞いてくれるから
 失敗したって
 平気、平気と笑ってくれるから
 そして一緒に泣いてくれるから
 一緒に笑ってくれるから
 おかあさん
 ぼくのおかあさんになる準備をしてくれていたんだね
 私のおかあさんになることがきまっていたんだね
 だから、ぼくは、私は、
 あなたの子どもになりたくて生まれてきました。」


 上の娘から夫との馴初めを尋ねられ、
 お互いに学生時代、障がい児施設で
 ボランティアをしていたからと答えたところ
「あぁ、お母さんはずっと梓のお母さんになる
 準備をしていたんだね」
 と言ってくれたことがきっかけで生まれた詩でした。
 昨年より私は特別支援学級の担任となりましたが、
 梓を育ててくる中で得た多くの学びが、
 いままさにここで生かされているように思います。
 「お母さん、準備をしていたんだね」
 という娘の言葉が、より深く私の心に響いてきます。
  
タグ :致知親子


Posted by 木鶏 at 21:00Comments(0)致知(感動話)

2013年01月29日

【自分から変わる】


人間関係の“行”とはとても険しいものですが
それをのりこえるとまるで嵐が過ぎ去ったかのように
心が穏やかになります。
その時、自分を取り巻く環境が変わったのかというと
何も変わっていませんでした。
では、何が変わったのかというと
自分の心が変わったのです。
まずは自分から変わることです。

  『塩沼亮潤大阿闍梨』
  
タグ :致知名言


Posted by 木鶏 at 12:28Comments(0)名言・金言・格言

2013年01月28日

【松下幸之助氏から教わった商売の神髄】


中嶌武夫(ナカリングループ代表、メルセデス・ベンツ中央会長)
『致知』2011年3月号  特集「運とツキの法則」より
────────────────────────────────────

しばらくして(バイク販売の)事業も
軌道に乗り始めたんですが、
しかし私にはどうしても納得できないことがあったんです。
私の実家は農家だったと申しましたが、
農民は春、田んぼに稲を植え、
それを育てるために夏は汗びっしょりになって草引きをする。
そして八十八の手を尽くして秋に米になり、
それを収穫してお金に換える。
そういう血と汗との結晶があるんですよね。

ところが、商売の世界に入ってみて
全然違っていたのはですね。
例えば百円で仕入れた物を百三十円で売る。
当たり前のことですよね。
でも私はその三十円に、
どれだけの血と汗の結晶があるのかと思うんです。
何とも納得のいかなかった私は、
松下幸之助さんが講演に見えた時に
「こんなことが罷り通っていいのですか」
と質問をしたんです。

【記者:それで、松下さんは何と?】

笑いながらね、
「あんた、それは違うよ」
と。
「お客様はね、あなたが勧めた自転車を、
自分で有効に使われて事業などに役立てておられる。
 ものを欲しがっているお客様にその商品を届ける。
 嫌がっているものを押し付けるわけでは決してなく、
 お客様に喜びを差し上げている。
 商売とはそういうもんです。
 学校の先生であれ、商人であれ、
 人様のお役に立つこと、
 それが社会に貢献するということなんだ」
と。それを聞いて、胸の支えが
スッと取れたように思いました。

お金儲けというのは、
儲けよう儲けようとしてするものじゃない。
お客様に喜んでいただくことによって、
その代わりに給付を受け取り、
それが会社の利益にも繋がってくると。


*中嶌氏の信條
  1、人間の両親は宇宙の大霊に直結する
  2、心に強く念じ続けた映像は必ず具現化する
  3、幸、不幸は我が心にあり
  


Posted by 木鶏 at 21:00Comments(0)致知(仕事・プロ観)

2013年01月28日

【躾という字】


 躾(しつけ)という字はまことにうまくできている。
 身体を美しくする、体をきれいにする、
 人間の在り方・生き方・動き方を美しくするという、これは躾だ。
 美しくするということは、つまり良くするということである。

 食事でも作法というものは、自然なもので非常に美しい。
 箸(はし)やお椀(わん)の蓋(ふた)の取り方でも、
 作法通りすれば実に合理的である。
 つまり、道徳とか躾というものは、人間の生活、人間の在り様、
 人間の動き方というものをいかに自然にするか、
 いかに真実にするかということである。

 人間が獣でなくて人間らしく生きる道が道徳で、
 それは極めて自然であって、理屈でも手投でもなんでもない。
 真実、自然のことなのであります。

     『安岡正篤活学一日一言』より  
タグ :致知名言


Posted by 木鶏 at 12:28Comments(0)名言・金言・格言

2013年01月25日

「臨済宗円覚寺派管長の修身論」


『致知』2013年2月号
特集テーマ「修身」より
────────────────────────────────────

 ◆ 人間のいのちというのは
   一代限りではないというのは真理だと思います。
   何代ものいのちを経て、いまがあるのだろうと思うのです。

 ◆ すべてはこの大自然の中にあるということを、
   いろいろな経験をしながら、
   なるほど、なるほどと思い知らされていく。
   すべてはそういう過程にしかすぎないと思いますし、
   大悟といっても、
   大自然を飛び越えるようなことは別にございません。
   己のちっぽけなこと、弱さに気づくことです

 ◆ 自分の儲けばかり追求する人は大した商売人ではないし、
   すぐにうまい話に引っかかったりします。
   禅では魔境に落ちるといいますが、
   その程度のことだと私は思います。
   しかし、他人様のお役に立ちたい、
   世の中のために何か尽くしたいと思って商いをする人は、
   大きな仕事ができます。


 ◆ まず生まれたことの不思議に手を合わせましょう。
   いま生きていることに感謝をしましょう。
   そして、いまこうして
   この場で巡り会ったことに手を合わせましょう。


 ◆ 松原泰道先生に、私は厚かましくも色紙を持っていきまして、
   「仏教の教えを一言で言い表す言葉を書いてください」
   とお願いしたのです。
   泰道先生は嫌な顔もせずにこう書いてくださったのです。
   「花が咲いている/精いっぱい咲いている
    私たちも/精いっぱい生きよう」
  
タグ :致知修身


2013年01月25日

【見事な人生】


見事な人生を生きてきた人たちは例外なく、
「物事を前向きに考える」
「感謝の心を忘れない」
「愚痴をこぼさない」
「明るく謙虚である」という方向に
自分の心を鍛え続けてきた人たちである。

(『致知』総リード)
  
タグ :致知名言


Posted by 木鶏 at 12:28Comments(0)名言・金言・格言

2013年01月24日

「感謝」と「決意」が奇跡を生んだ(後篇)


(前篇)からのつづき

白駒妃登美(博多の歴女)
『致知』2013年2月号「歴史が教える日本人の生き方」より
────────────────────────────────────

私は正岡子規が大好きでしたから、
私も子規のように最後の瞬間まで
自分らしく生きたいって思い直して、
出版のお話を受けることにしました。
そして抗がん剤治療を受けるために、
病院のベッドが空くのを待っていたんですね。
その間に毎日パソコンを開いて、
出版に向けてブログ記事を整理していたんですけど、
その時に私はあることに気づかされたのです。

過去も未来も手放して、いまここに全力投球する。
そうすると、扉が開いて次のステージに上がれる。
そんな天命に運ばれていく生き方

過去の日本人はしてきたんじゃないかって。
そして、私もそうやって生きようと思ったら、
不思議なことが起こったんですね。

あんなに不安で毎晩泣いていたのに、
夜ぐっすり眠れるようになったんですよ。
不安が雪のように溶けてなくなりました。
私たちの悩みのほとんどは過去を後悔しているか、
未来を不安に思っているかのどちらかで、
いま現在、本当に悩みがある人って少ないのではないでしょうか。
もし、“いま”悩みがあるという方が
いらっしゃったとしたら、多くは
“ここ”に照準が合っていないのだと思います。

人と比べて劣等感を抱いたり、
人からどう思われているかが気になったり。
ですから、時間軸を“いま”に合わせて、
地点を“ここ”に合わせたら、
おそらく世の中の悩みのほとんどは
消えてなくなってしまうのではないかと思います。


入院が決まり、精密検査を受けて驚きました。
消えたのは悩みだけじゃなかった。
いくつもあったがん細胞が全部消えていたんですよ。
それで私はいまもこうして生かされていて、
皆さんときょうお目に掛かることができたわけですね。




この白駒さんの話は、いつか全文をアップしたいエピソードです。

この方は、いわゆる「非常にデキル人」で、若い頃から
自分のための高い目標は全て達成してきた方でした。
つまり、それだけ強いエネルギーを持って(与えられて)いる
方と表現しても良いでしょう。
しかし、そのエネルギーは全て利己だけに使われてきました。
有り余るエネルギーは使い方を誤ると漏電が生じ、歪も出てしまいます。
何のために強い力を与えられているのか?

そうした誤りを気付かせる為にこういった形で“お知らせ”が来る、
にわかに信じがたいでしょうが、本当にあるようです。
だからこそ、それに気付き、生き方を改めた白駒さんの身体から
肺に転移していた癌が数週間後の再検査で消え失せているという
不可解不思議なことが、現実に起こったのです。

この世で受け取るあらゆるものごとには全て意味があります。
ただ、我々一般人には、それを知る術がないだけです。
  
タグ :致知気付き


2013年01月24日

【生きる上での鉄則】


いつ死がくるかは分からない。
だからこそ、今を生きることに一所懸命だった。
その場、その場で全力を尽くす、
それこそが生きる上での鉄則である。


林照(シベリア抑留経験者)
  
タグ :致知名言


Posted by 木鶏 at 12:28Comments(0)名言・金言・格言

2013年01月23日

「感謝」と「決意」が奇跡を生んだ(前篇)


 白駒妃登美(博多の歴女)
『致知』2013年2月号「歴史が教える日本人の生き方」より
────────────────────────────────────

昨年(2011)6月に、私が好きな日本史のエピソードを
二十九集めた『人生に悩んだら日本史に聞こう』という本を
出版させていただきましたが、
そもそも私は歴史の専門家ではなく、
単なる歴史好きだったんですね。

いまから三年前、作家のひすいこたろうさんに
出会ったことがきっかけで、
ブログに歴史のエピソードを綴るようになりました。
それが出版社さんの目に留まって、
本の企画が持ち上がったんですが、
その時私は人生最大のピンチを迎えていました。
といいますのも、いまから四年前に
私は子宮頸がんになったんです。
その時はまだ初期状態だったため、
全摘手術と放射線治療を受けて退院することができました。
ところが、一昨年の夏、治ったと思っていた子宮頸がんが
肺に転移していたことが分かったのです。
私は死というものがすぐ目の前に来たような
恐怖に駆られました。
がん細胞が一つ、また一つと増えてしまい、主治医から
「こんな状況で助かった人を見たことがありません」
と言われてしまったんです。

出版社さんから「本を出しませんか」
という話をいただいたのは、ちょうどその時でした。
私は残された時間はすべて子供のために使いたいと
思っていたので、最初はお断りするつもりだったんです。
私がピンチに陥ると、必ず歴史上の人物が
助けてくれる
のですが、その時、
力を与えてくれたのは正岡子規だったんですね。

子規は江戸末期、四国松山に武士の子供として生まれます。
幼い頃から「武士道における覚悟とは何か」を
自問自答していた子規はある時、それは
「いついかなる時でも平気で死ねることだ」と、
自分の中で一つの結論を得ます。
その後、若くして脊椎カリエスに罹り、
彼は三十代半ばで亡くなってしまうのですが、
この病気は物凄く激痛を伴うもので、
何度も自殺を覚悟したといいます。
その苦しみの病床の中で彼は悟ったんですね。

自分は間違っていた。
本当の武士道における覚悟とは、
痛くても苦しくても生かされている
いまという一瞬を平生と生き切ることだって。

から彼は、どんどん激しさを増していく病床にあって、
死の瞬間まで文筆活動を止めず、自分らしく輝き続けたんですよ。


  (後篇)につづく
  
タグ :致知気付き


2013年01月23日

【言葉を発する】



あなたの言葉を最初に聞くのはあなたです。
どんな言葉を発しているか、
それがあなたの人柄、心柄を決める。

矢崎節夫(金子みすゞ記念館館長)



これは肝に銘じるべき言葉ですね。  
タグ :致知名言


Posted by 木鶏 at 12:28Comments(0)名言・金言・格言

2013年01月22日

「落花の風情」


山村洋子(研修プロジェクト「Tea Time Network」主宰)
致知web限定随筆「筆のしずく」より
────────────────────────────────────

「今年も椿が咲きましたね」
元気だった頃の母は、初春を迎えるたびに、
そう呟やいたものでした。
ある時、私が
「椿の花は、ポロッと落ちるから好きじゃない…」と言うと、
「咲いた花は必らず散るものよ。たまには散りゆく風情も
味わってみなさい」
と、言いながら、こんな話をしてくれました。
だいぶ前のことなので、間違っているかもしれませんが…。

千利休の孫に宗旦という人がいました。
ある日、その宗旦と親交のあった京都正安寺の和尚さまが、
寺の庭に咲いた椿の花の一枝を宗旦に届けるために、
小僧さんに持たせたのです。
椿の花は落ち易いことを知っていた小僧さんは、
気をつけていたのですが、案の定、途中で落としてしまいました。
小僧さんは、ひどく落胆し、落ちた椿の花を手のひらに乗せて、
自分の粗相を宗旦に詫びるのですが、
宗旦はただ黙って笑みを浮かべながら、
この小僧さんを自分の茶室に招き入れたのでした。

宗旦は、茶室に置いてあった花入れを片づけて、
利休から譲り受けた遺品の竹筒を取り出し、
小僧さんが手にしていた花のない椿の枝をそこへ投げ入れました。
そして、その枝の真下に落ちた花をそっと置いて、薄茶を一服点じ、
静かに小僧さんの労をねぎらったというのです。
相手を責めず、おおらかな心で落ちた花の風情を味わいながら、
二人で茶を服したという話でした。

役割りを終えた花にも値打ちを見出して、その一瞬を楽しむ。
これこそが“人生のお点前”であることを、
母は私に教えたかったのでしょうか。
落ちたものは落ちたもので、貧乏は貧乏なままで、
ないものはないままで…と、
常に“あるがままをよし”とした素朴な母でした。

その母ももうすぐ89才を迎え、今、冬が来たことも、
好きな椿が咲いたことも(痴呆で)わからず、
軒下にかかったままの風鈴が風に揺れるのを、
ぼんやり眺めるだけの毎日ですが、
これもまた、人生を味わい尽くしたあとに
誰もが迎える
“老いの風情”と
言えるかもしれません。

だとすれば、この風情を静かに受け入れ
風に揺らめく季節はずれの風鈴を
母と一緒に眺めながら、長閑なひとときを
心ゆくまで味わいたいと思います。

2013. 新春. 母との静かな暮らしに、心を癒されて…
  


2013年01月22日

【自分の花を咲かせる】


悟りとは 
自分の花を咲かせることだ 
どんな小さい花でもいい 
誰のものでもない 
独自の花を咲かせることだ


(坂村真民・詩人)
  
タグ :致知名言


Posted by 木鶏 at 12:28Comments(0)名言・金言・格言

2013年01月21日

「おかげさま」と「身から出たサビ」


山中伸弥(ノーベル医学・生理学賞受賞者)
 『夢を実現する発想法』(致知出版社)より
────────────────────────────────────

この頃(中学生)、特に忘れられない思い出があります。
教育大学の学生さんが教育実習に来た時のことです。
彼は柔道三段という腕前でした。
その人と練習で組み合うと、いとも簡単に投げられる。
受け身を取って一本にされるのは悔しいので、
私はちゃんと受け身を取らずに最後まで粘り、
変な手の付き方をしてしまった。
そのために、腕がボキッと折れてしまったのです。
実習の先生としてみれば、大変なことです。
部活動をしている最中に、生徒の腕を自分のせいで
折ってしまったのですから。

その日の夜、慌てたように先生から電話がありました。
電話を取ったのは母ですが、そばで聞いていると、
先生は受話器の向こう側で平謝りをしている様子でした。
しかし母はその時、こう答えたのです。
「いやいや先生、気にしないでください。
 うちの息子の転び方が悪かったんだと思います。
 怪我したのはうちの息子のせいです。
 明日からも気にせず、いろんな子を投げ飛ばしてください」
その時の態度は、わが親ながら立派だと感じたものです。

母親からはあまり教えられたことはありませんが、
その出来事以来、私はいつも次のことを心掛けるようにしています。
何か悪いことが起こった時は「身から出たサビ」。
つまり自分のせいだと考える。
先生に投げられた時、自分がちゃんと受け身さえしておけば
怪我をしなかった。
そのために三か月ほど柔道ができなくなりましたが、
それも身から出たサビなのだと。

逆に、いいことが起こった時は「おかげさま」と思う。
確かに、自分が努力をしたためにうまくいくことはありますが、
実はその割合は少なくて、周りの人の助けがあって
初めて物事はうまくいくもの
なのだと思います。
  


2013年01月21日

【心を絶えず鍛える】


人間は心に思ったことが言葉に、
心に思ったことが行動に出るんです。 
だから心を絶えず鍛えないといけない。 
そのためには、自ら苦労を買って出ることが必要です。 
逃げたら何も得るものはありません。  
修羅場というのは、その人を成長させようという 
神の恩寵的試練なんです

平林武昭(日本システム技術社長/
        若き日に土光敏夫氏の薫陶を受けた)
  
タグ :致知名言


Posted by 木鶏 at 12:28Comments(0)名言・金言・格言

2013年01月18日

「あずさからのメッセージ」(後篇)



(前篇)からのつづき


是松いづみ(福岡市立百道浜小学校特別支援学級教諭)
『致知』2013年2月号「致知随想」より
────────────────────────────────────

 さて次は上の娘の話です。
 彼女が「将来はたくさんの子どもが欲しい。
 もしかすると私も障がいのある子を産むかもしれないね」
 と言ってきたことがありました。
 私は「もしそうだとしたらどうする?」と尋ねました。
 ここで再び子供たちに質問です。
 さて娘はなんと答えたでしょう?

「どうしよう……私に育てられるかなぁ。お母さん助けてね」。
 子供たちの不安はどれも深刻です。
 しかし当の娘が言ったのは思いも掛けない言葉でした。
「そうだとしたら面白いね。
 だっていろいろな子がいたほうが楽しいから」。
 子供たちは一瞬「えっ?」と
 息を呑むような表情を見せます。
 そうか、障がい児って面白いんだ――。
 いままでマイナスにばかり捉えていたものを
 プラスの存在として見られるようになるのです。

 逆に私自身が子供たちから教わることもたくさんあります。
 授業の中で、梓が成長していくことに伴う
「親としての喜びと不安」には
 どんなものがあるかを挙げてもらうくだりがあります。
 黒板を上下半分に分けて横線を引き、
 上半分に喜びを、
 下半分に不安に思われることを書き出していきます。
 中学生になれば勉強が分からなくなって困るのではないか。
 やんちゃな子たちからいじめられるのではないか……。
 将来に対する不安が次々と挙げられる中、
 こんなことを口にした子がいました。

「先生、真ん中の線はいらないんじゃない?」。
 理由を尋ねると
「だって勉強が分からなくても周りの人に教えてもらい、
 分かるようになればそれが喜びになる。
 意地悪をされても、
 その人の優しい面に触れれば喜びに変わるから」。
 これまで二つの感情を分けて考えていたことは
 果たしてよかったのだろうかと自分自身の教育観を
 大きく揺さぶられた出来事でした。


 子供たちのほうでも授業を通して、
 それぞれに何かを感じてくれているようです。
「もし将来僕に障がいを持った子が生まれたら、
 きょうの授業を思い出してしっかり育てていきます」と言った子。
「町で障がいのある人に出会ったら
 自分にできることはないか考えてみたい」と言う子。
「私の妹は実は障がい児学級に通っています。
 凄くわがままな妹で、喧嘩ばかりしていました。
 でもきょう家に帰ったら一緒に遊ぼうと思います」
 と打ち明けてくれた子。

 その日の晩、ご家族の方から学校へ電話がありました。
「“お母さん、なんでこの子を産んだの?”
 と私はいつも責められてばかりでした。
 でもきょう、“梓ちゃんの授業を聞いて気持ちが変わったけん、
 ちょっとは優しくできるかもしれんよ”と、
 あの子が言ってくれたんです……」
 涙ながらに話してくださるお母さんの声を聞きながら、
 私も思わず胸がいっぱいになりました。

  
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Posted by 木鶏 at 21:00Comments(0)致知(感動話)

2013年01月18日

【幸せというのは】


 幸せというのは
 とっても小さいことの積み重ねだと思うんです。
 家族一緒にご飯を食べるのも幸せですし、
 親子が笑い合えるなんて一番の幸せでしょう。
 そんな小さな幸せに気づいて、
 感謝できる人が増えてくれればと思います
 
    内田美智子(2,600人以上の出産に立ち会った助産師)
  
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Posted by 木鶏 at 12:28Comments(0)名言・金言・格言