2012年09月28日
「不可能を可能にする力」(後編)~致知~
(前編からのつづきです)
『致知』2011年11月号「致知随想」
救世忍者 乱丸(女子プロレスラー、第21代TWF世界タッグ王者)
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もうやめてしまおう。
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あれほど憧れていたプロレスに終止符を打ち、
家業を手伝っていた私の元へ、ある日1本の電話が掛かってきました。
「あんた、まだプロレスやりたいでしょ。うちでやらない?」。
電話の主は吉本女子プロレスのスター選手だったジャガー横田さん。
将来この子が障碍者の方の希望になればという思いがあったそうで、
未練のあった私は「お願いします」と返事をし、
再デビューを果たすことができたのです。
入団後も先輩方の温かい指導のおかげでTWF世界タッグ王者になり、
各方面から試合のオファーもいただくようになりました。
原因不明の血尿が出るようになったのはそんな頃のことです。
ある日高熱に見舞われ、病院へ行くと集中治療室に入れさせられ、
緊急入院の指示を受けました。
「急速進行性糸球体腎炎(しきゅうたいじんえん)」という腎臓病で、
治療は安静が原則。運動は禁止でプロレスなどは論外です。
その上厳しい食事制限も課され、
こんな状態が一生続くのかと思うと絶望的な気持ちになりました。
そんな時お見舞いに来てくださったのが、
ジャガーさんと、ご主人で医師の木下博勝先生でした。
先生は私に病名を尋ねられ、
「なんだ。その病気だったら、時間はかかるかもしれないけど、
必ず治るよ。安心したよ」
と言われました。
あれ?
それまで主治医や看護師からは薬の副作用で
骨粗鬆症になるなどと説明を受けてきたため、
不思議な気もしましたが、それならば頑張ろうと
気持ちを入れ直しました。
そして密かにリング復帰の決意をし、
歩行訓練から始めて筋トレのメニューを少しずつ増やしていきながら、
その日を迎える準備を行いました。
2008年、約2年ぶりとなる復帰戦の舞台を用意してくださったのは、
ジャガーさんと先輩のライオネス飛鳥さんでした。
あれほど強く望んでいた復帰戦もいざリングを前にすると、
まさか本当にこの日が来るとは、と込み上げてくるものを
抑えることができませんでした。
無事試合を終えた夜、私は真っ先に
ジャガーさんと木下先生にお礼を言いに行きました。
「先生のあの時の言葉が凄く励みになったんです」
「いやぁ、実は病名を聞いた時、復帰できると思ってなかったんだよ。
可能性はゼロだと思ってたんだ」
世の中には不可能を可能にする力が存在すると私は思います。
一つには固い決意と粘り強さ。
プロレスラーになれなくて悩んでいた時も、
私は必死にもがいて行動し、絶対になるんだとしか考えていなかった。
入院生活中に復帰を決意した時もそう。
そして不可能を可能に変えるもう一つの力は、
周りにいる人がどんな言葉を与えるかではないでしょうか。
苦しい時を経ていまも憧れのリングに
立たせていただいていることの幸せを噛み締めながら、
私もいつかジャガーさんや木下先生のように、
困っている誰かに手を差し延べることのできる
存在になれたらと願っています。
Posted by 木鶏 at 21:00│Comments(0)
│致知(生き方・人生観)