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2012年04月25日

【日常、当たり前にこそ真価がある】~独語~


とあるブログ主は
 「日常のあたりまえにこそ感謝しなければならない、
  日常生活にこそ真の厳しい修行、最高の修行が在る」
と繰り返し言っている。
宗教的修行は途中で降りられるが、日常の生活は降りれない。
日常生活の積み重ねに人生の本質を見るからだ。
いかに苦しいことがあっても、人は生き切らねばならない。

イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏もまた、
 「平凡な、なんでもない、人が見過ごし、
  見捨てている中に、素晴らしく大きな価値がある。
  私はそういうものを見い出す力を皆さんに養っていただきたいのです」
と希求されている。

私も同感です。
日常の毎日にある些細なこと当たり前なことにこそ、
実は本当に大切なものがあると断言できます。
そのことに気付き、日々感謝できるようになれば、
与えられている貴重な一日一日を謙虚に大切に生き切ろうとする
心的姿勢が定まってゆき、その人の全ての言葉や行動にその想いが
反映されていくものだと思うのです。

ここで前回ブログに引き続き、
今回は井村和清さんの詩を
紹介させていただきます。


【あたりまえ】

 あたりまえ こんなすばらしいことを、
 みんなはなぜよろこばないのでしょう 
 あたりまえであることを

 お父さんがいる、お母さんがいる
 手が二本あって、足が二本ある
 行きたいところへ自分で歩いていける
 手をのばせばなんでもとれる
 音がきこえて声がでる
 こんなしあわせなことがあるとでしょうか
 しかし、だれもそれをよろこばない
 あたりまえだ、と笑ってすます。

 食事がたべられる
 夜になるとちゃんと眠れ、そして又朝がくる
 空気をむねいっぱいにすえる
 笑える、泣ける、叫ぶこともできる
 はしりまわれる
 みんなあたりまえのこと

 こんなすばらしいことを、
 みんなは決してよろこばない

 そのありがたさを知っているのは、
 それを失った人たちだけ

 なぜでしょう あたりまえ   



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Posted by 木鶏 at 21:00│Comments(0)会員独語
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