2012年09月03日
「“知恵の蔵”をひらく」(前編)~致知~
『致知』2006年4月号 特集「根を養う」巻頭の言葉より
稲盛和夫(京セラ名誉会長・日本航空名誉会長)
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■創造力の源
私は技術者として、また経営者として、
長く「ものづくり」に携わる中で、
偉大な存在を実感し、敬虔な思いを
新たにすることが少なくありませんでした。
大きな叡知に触れた思いがして、それに導かれるように、
様々な新製品開発に成功し、事業を成長発展させ、
さらには充実した人生を歩んできたように思うのです。
このことを、私は次のように考えています。
それは偶然でもなければ、
私の才能がもたらした必然でもない。
この宇宙のどこかに、
「知恵の蔵(真理の蔵)」ともいうべき場所があって、
私は自分でも気がつかないうちに、
その蔵に蓄えられた「叡知」を、
新しい発想やひらめきとして、そのつど引き出してきた。
汲めども尽きない「叡知の井戸」、
それは宇宙また神が蔵している
普遍の真理のようなもので、
その叡知を授けられたことで、
人類は技術を進歩させ、文明を発達させることができた。
私自身もまた、必死になって研究に打ち込んでいるときに、
その叡知の一端に触れることで、
画期的な新材料や新製品を世に送り出すことができた
――そのように思えてならないのです。
私は「京都賞」の授賞式のときなどに、
世界の知性ともいうべき、
各分野を代表する研究者と接することがあります。
そのとき、彼らが一様に、
画期的な発明発見に至るプロセスで、
創造的なひらめき(インスピレーション)を、
あたかも神の啓示のごとく
受けた瞬間があることを知り、驚くのです。
彼らが言うには、「創造」の瞬間とは、
人知れず努力を重ねている研究生活のさなかに、
ふとした休息をとった瞬間であったり、
ときには就寝時の夢の中であったりするそうです。
そのようなときに、「知恵の蔵」の扉が開き、
ヒントが与えられるというのです。
エジソンが電気通信の分野で、
画期的な発明発見を続けることができたのも、
まさに人並み外れた凄まじい研鑽を重ねた結果、
「知恵の蔵」から人より多くインスピレーションを
授けられたということではなかったでしょうか。
人類に新しい地平を拓いた
偉大な先人たちの功績を顧みるとき、
彼らは「知恵の蔵」からもたらされた
叡知を創造力の源として、
神業のごとき高度な技術を我がものとして、
文明を発展させてきたのだと、
私には思えてならないのです。
(つづく)
2012年09月03日
【本物の人生】 ~名言~
頭角をあらわす人は、
必ず人目につかないところで励んでいる。
人生は努力の積み重ねであり、
その努力の源泉となるのは、
常に進歩を求める心である。
努力は充実感へとつながる。
日々平穏ではなく、
日々充実感のある人生こそ、
本物ではないだろうか。
(佐藤一斎・言志四録)