2012年09月13日
「誰にでもできることを積み重ねて生きる」(前編)~致知~
『致知』2007年7月号「致知随想」
荒川祐二(上智大学4回生)
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■俺も動こう、何かをやろう
午前6時、新宿駅東口広場。
ここから僕の1日は始まります。
日本一、いや世界一往来が多いといっても
過言ではないこの広場のゴミを拾い、
それから大学に行く。
そんな生活を始めて約半年が経ちました。
きっかけは1本の映画でした。
帰省した折、兄から
「『107+1 天国はつくるもの』っていう映画が
あるらしいんやけど、観に行かへん?」
と誘われたのです。
怪しいタイトルだなと思いながらも、
特に用事もなかったので観に行くことにしました。
そして、号泣でした。
「一人が動けば世界は変わる」という
メッセージが込められた
そのドキュメンタリー映画を観ながら、
「俺も動こう、何かをやろう」と思った時、
ぱっと頭に浮かんだのが、ゴミが散乱している
新宿駅東口広場だったのです。
「俺、毎朝6時から新宿の東口のゴミ拾いやるわ」。
上映後、興奮気味に兄に宣言すると、
「闇雲にやっても続かへんぞ。
期間を決めてやれ」と言います。
「じゃ、1か月間やる」と約束し、
帰京後すぐ開始したのでした。
* * *
■あるホームレスとの出会い
しかし、現実は厳しいものでした。
そもそも9時、10時に起床するような
怠惰な毎日を送っていたのです。
毎朝5時に起きるだけでもつらいのに、
時は11月上旬で、拾っても拾っても
落ち葉が舞い落ちてきます。
次第に寒さが厳しくなる中、
忘年会シーズンへと突入し、
通常のゴミはもちろん、
ねずみやカラスの死骸、
女性の下着、注射針など、
考えられないようなものまでが捨てられていて、
集めたゴミは10袋以上にも膨れ上がりました。
友人のアイデアで「一緒に掃除してくれる人募集」
と書いたダンボールの看板を首にかけていましたが、
通りすがりに「なんや、あいつ」と言う人、
目の前でゴミを捨てる人、
時にはせっかく集めたゴミを蹴飛ばす人もいました。
「もう止める、明日は止める。
……でも、1か月経たんうちに止めたら負け犬や」
200回以上そんな心の問答を繰り返し、
葛藤がピークに達した頃でした。
ある朝、いつも通り一人でゴミを拾っていると、
気がついたら一緒に拾っている人がいるのです。
突然現れたその人は、新宿駅に寝泊まりをしている
ホームレスの“石浜さん”というおじさんでした。
「君が毎日掃除しているのを見て、手伝えないかと思って」
と言って、以来毎日来てくれるようになった石浜さんは、
少し足が不自由で、ベルトがゆるいのか、
いつもズボンからお尻を半分のぞかせながらゴミを拾っていました。
ところがある朝、
僕のほうが寝坊してしまった時がありました。
急いで駆けつけたものの、
新宿に着いたのは8時近かったと思います。
広場では石浜さんが1人で足を摺りながら
ゴミを拾ってくれていました。
俺が行かなかったら、
石浜さんは1人でやることになるんだ──。
いま振り返ると、その頃から「つらい」とか
「やめたい」という思いが消えていったように思います。
すると不思議なことに、道行く人に
「毎日ありがとう」とか「ご苦労様」と声をかけられたり、
時には温かい飲み物を差し入れてくれる人まで現れました。
そして「手伝います」と言って、
一緒にゴミを拾ってくれる仲間が1人、
2人と増えていったのです。
そうなると段々楽しくなってきて、
クリスマスの頃には
「俺、このゴミ拾いはずっと続けていくんだろうな」
という確信を持ち始めていました。
(つづく)
2012年09月13日
【一道をひらく】 ~名言~
一道をひらくということは、
それによって自分自身が救われると共に、
さらに後に来る同じ道をたどる人々に対して、
その行く手を照らすという
意味がなければならぬと思うのです。
すなわちわれわれ人間は、
真に自己の生活に徹して生きた時、
一人自分がその職責を全うし得るのみならず、
さらに同じ職域にいる他の人々に対しても、
何らかの意味で、
お役に立つことができるのであります。
『修身教授録一日一言』より