読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 4人
QRコード
QRCODE
プロフィール
木鶏
木鶏
アクセスカウンタ

和歌山の情報発信
ブログポータル

ログインはTOPページで
私も作ってみる


[PR] 和歌山情報ブログでチェックイコラブログ
[PR] 商品ページ1ページからリニューアル!!楽天ヤフーOK!現在キャンペーン


2012年09月11日

「石巻から甲子園へ届けた思い」~致知~


 『致知』2012年7月号 致知随想より
   松本嘉次(宮城県石巻工業高等学校硬式野球部監督)
◇─────────────────────────────────◇
「宣誓。東日本大震災から一年、日本は復興の真っ最中です。
 被災をされた方々の中には、苦しくて心の整理がつかず、
 いまも当時のことや、亡くなられた方を忘れられず、
 悲しみに暮れている方がたくさんいます」
2012年春、21世紀枠で
初のセンバツ甲子園出場を果たした石巻工業。
主将の阿部翔人が行った選手宣誓は、
部員たちがこの1年間のいろいろな思いを白板に書き込み、
その言葉をまとめて作り上げたものである。
監督の私が最後に清書をした時には、
様々な思いが去来し、思わず目頭が熱くなった。

2011年3月11日、石巻市沿岸部を襲った巨大津波により、
我が校の校舎とグラウンドは1,7メートルの浸水をした。
5日間水は引かず、残ったのはヘドロと瓦礫の山。
野球部員は市民800人とともに校舎へ避難したが、
選手の7割は自宅に被害を受け、親族を亡くした者もいた。
当日私は水に浸かりながら周囲の人の救助などに当たった。
3日後、学校を出てからはその間、
昼夜を問わず復旧作業に当たる人の姿をたくさん目にした。
最初に考えたのは、子供がいつまでも
避難所や自宅にいたままだと、親たちも動きがとりづらい。
子供たちに生活のリズムをつくってやることで、
そのリズムが元に戻れば大人たちの生活も
元どおりになるだろうということだった。
そこで思いついた言葉が
「あきらめない街、石巻!! その力に俺たちはなる!!」
である。

選手を集めたのは被災後まもない22日のことだったが、
「野球やりたいか」と聞くと全員が力強く頷いた。
「じゃあ学校再開の4月21日には瓦礫一つない校舎にしよう」
と発破を掛け、皆一日も休むことなく
瓦礫やヘドロの片づけに当たった。
その間、他校の野球部員や近所の方々、
海外の救助隊なども駆けつけてくださり、
錆びついた金属バットなどに代わる道具の支援も
全国からいただいた。
おかげで被災から40日後には
無事練習を再開することができ、
野球ができることのありがたみを実感した。

私は宮城県内の高校で15年野球部長を務め、
3年前、当校の監督に就任したが、選手たちにはいつも
「当たり前が当たり前と思うな。
 人が嫌がることを進んでできる人間になれ」
と言い続けてきた。
高校を卒業して世の中に出れば、
ほとんどの仕事は雑用と雑用との組み合わせで
成り立っていることが分かる。
その雑用を嫌がらずに自らやる癖をつけておけば、
社会に出ても必ず役に立つ人間になれるという
信念が私にはある。

ただ今回の震災で、我われは当たり前のことなど
何一つないことを思い知った。
野球はバットとボールとグローブさえあればできる
といわれるが、まず、やる場所がなければ
何も始めることはできないのだ。
  


2012年09月11日

【あるべき姿】 ~名言~


 志気は鋭からんことを欲し、
 操履(そうり)は端(ただ)しからんことを欲し、
 品望は高からんことを欲し、
 識量は広からんことを欲し、
 造詣は深からんことを欲し、
 見解は実ならんことを欲す。

【訳】
 気概は鋭くありたい、
 品行は正しくありたい、
 品位や人望は高くありたい、
 見識や度量は広くありたい、
 学識は深くありたい、
 物の見方や解釈は腰の据わった
 本物を見極めるものでありたい。

     『佐藤一斎一日一言』より
  


Posted by 木鶏 at 12:28Comments(0)名言・金言・格言